2008年11月29日土曜日

陳水扁遺書

現在検察当局により身柄拘束中の元台湾総統陳水扁氏が国民に向けて発表した遺書を翻訳しました。
(一部翻訳推敲中)

注:文中の2630は今回拘留人として付けられた番号であり、5499とは過去に民主化活動により拘留された時の番号です。

司法の死を哀しみ、民主の後退を悼み、主権喪失を憂う

15日目の過度の要求はなかった、陳明文は特別面会が許されたが、私の2度の類似する請求には肯定的な回答が得られなかった、私はもう待たない、休息、永遠の眠りを望んでいる。昨日の詩は妻と家族への遺書、最後の別れだった。今日、私は国民に向けた文章を表したい。題名は「名は無い」である。

この場所に来ると、名前を無くす、誰もが名を持たない、毎日僅か5分間の屋外運動を利用して、建物沿いに馴染みの名を見つけようとしている、誰もが名無しだ。

私には名前がないわけではないことに気づいた、私にも名前がある、もはや俗で可笑しい名ではない、あの名前はもう死んだのだ、私はもう以前の私ではない、新しく生まれた私は2630と呼ばれる。

22年前、私には5499という名前があった、8ヶ月後に5499という名はもう一人の人物に付け替えられ、私はまた自分の名前に戻った、 私の父が尼僧に頼んで付けてくれたものであっても、これが私の本当の名前であり、永遠の名である。

美麗島の子孫たちは名を持たないと考え、さらには台湾というこの名前を嫌悪し、台湾というこの名を認めない者がいる。実は台湾こそが私たちの名前であり、2千3百万人皆の名であり、最も美しく、最も力に満ちた名だ。

400年来、私たちの祖先は続々とこの名の下に集まり、ポルトガル人はこの名に驚嘆し、オランダ人はこの名を手中にし、満州清朝はこの名を領有し、日本人はこの名を占有し、国民党はこの名を統治し、そして今また共産党がこの名を愛してしまった。

台湾は名無しなのではなく、多すぎるほどの名を持つ:中華民国、中華台北、中国台湾、台湾地区、自由地区、中国の一省、中国の地方。台湾にいくつの名があるのか誰も知らず、どれが本当の名であるかも分からない、多すぎる名は名無しと同じで、さらに多くの名前もすべて本当の名ではない、正しく台湾こそが2千3百万人の港であり、寄り添い、安眠することのできる名だ。

台湾は私たちの国、台湾は私たちの国家の永遠の名である。




原文:

哀司法已死,悼民主倒退,憂主權淪喪。

第十五天沒有過份要求,陳明文可特見,我的二次類似請求,不獲正面反應,我不再等待,希望休息,永不清醒。昨天的詩是留給太太及家人的遺書,最後的告別。今天,我要發表一篇文章給國人,題目是:「沒有名字」。

來到這個地方沒有名字,每一個人都沒有名字,利用每天僅有的五分鐘放風運動,沿著房間試圖找到熟悉的名字,每個人都沒有名字。

我發現我不是沒有名字,我也有名字,不再是又俗又好笑的名字,那個名字已經死去,我不是原來的我,新生的我叫2630。

二十二年前我也有個名字叫5499,八個月後5499名字依附在另一個人的身上,我又回到自己的名字,即是我爸爸託尼姑幫我取的名字,是我真的名字,永遠的名字。

有人以為美麗島的子女都沒有名字,甚至唾棄台灣這個名字,不承認台灣這個名字。其實台灣才是我們的名字,二千三百萬人共同的名字、最美、最有力的名字。

四百年來,我們的祖先陸續來到這個名字,葡萄牙人驚嘆這個名字,荷蘭人握有這個名字,滿清領有這個名字,日本人佔有這個名字,國民黨統治這個名字,現在共產黨又愛上這個名字。

台灣不是沒有名字,而是有太多的名字:中華民國、中華台北、中國台北、中國台灣、台灣地區、自由地區、中國的一省、中國的地區。沒有人知道台灣有多少名字,也弄不清哪個才是真正的名字,太多名字等於沒有名字,再多的名字都不是真正的名字,只有台灣才是二千三百萬人可以入港、依靠、安眠的名字。

台灣是咱的國家,台灣是咱國家永遠的名。

2008年11月19日水曜日

「国家暴力へ抗議し、座り込みの学生へ声援を送ります」― 台湾学界による連署声明

野イチゴ運動に関連し、台湾の学界による声明を翻訳しました。
原文:http://www.tahr.org.tw/files/scholar.pdf


「国家暴力へ抗議し、座り込みの学生へ声援を送ります」― 台湾学界による連署声明

私たちは大学および学術機構に在職する教師と研究員の集まりです。先日、馬政府が治安維持を名目とした制度的な国家暴力を用い、不法侵入および人民の基本的人権への恣意的な抑圧を行った事実に対して、私たちは憤りを感じています。私たちは人民の意見表明の自由と集会結社の権利への保障は、台湾のデモクラシーにおける最低ラインであり、譲歩することはならないと考えます。党派の相違と政治利権の争いをもって、憲法が保障するところの基本的人権を曖昧にすることは、台湾のデモクラシーを甚だしく損ねるものです。

私たちは今回学生が自発的に集まり、政府による人権と公民権への不当な侵害に対して、行政院および自由広場にて抗議を行ったことを支持するものです。このたびの行動は、二~三十年にわたり台湾の青年が党派を問わず基本的人権を擁護してきた努力を引き継ぐものです。正にこれらの努力があったからこそ、往年のさまざまな人権侵害の悪法が改修または廃止され、デモクラシーの果実が1990年代の台湾にて花開くことにつながりました。

私たちの心を痛めた点は、この「デモクラシー」と「人権」が当然であると見なされている時代において、人権保障の後退と警察の権力濫用に抗議する学生たちに対して、違憲である集会デモ法に依った強制排除が実施され、私たちの目の前で一人一人と連れ去られていったことです。本件に関して、我々は馬英文総統、劉兆玄院長に対して最も厳重な抗議を行わなければなりません。

私たちの要求は以下のとおりです:

一、座り込みを行う学生に対しては、公民としての言論と表現の自由を充分に保障し、学校側は妨害または処罰してはならない。
二、警察による国家暴力の濫用と人権侵害の行為に対して、法務部、監察院及び関連機関は調査を実施し、迅速に結果を公表し、また行政責任と法律責任を追及すべきである。
三、関連する方針を定め、命令を下した政府指導者に対して、司法、立法、監察機関はその政治責任と法律責任を追求すべきである。
四、違憲である集会デモ法を直ちに改修し、人民の言論、集会、結社の自由に対する保障を確実なものとするべきである。

2008年11月17日月曜日

陳前総統逮捕に関する読売新聞の社説について


11月14日付けの読売新聞社説は陳水扁前総統逮捕について書かれていました。

前総統逮捕 台湾民主政治の大きな汚点(11月14日付・読売社説)

社説という新聞社としての意見や立場を表面する場ではあるものの、裁判での判決が出ていない段階で、犯罪容疑が事実であるかのように、またはそれを前提に書かれているようで気になります。「汚点」「転落」等の字句の使用、また「検察当局は慎重に捜査を進めたことをうかがわせる」「出所をごまかすためだったのか」「批判していた国民党も顔負けの不正だ」等の分析も恣意的なものを感じさせられました。

陳前総統は現段階で容疑を否定しており、政権交代に伴う前政権への司法を使った弾圧、或いは親中の現政権の下、中国の介入による台湾独立を主張する陳前総統への報復と見せしめであると見る向きも多い点も考慮しなければなりません。

特に台湾のメディアは独立派と統一派で報道のニュアンスや内容が大幅に異なります。台湾のテレビや新聞で異なる意見を耳にしている立場から言うと、今回の読売新聞の社説は一方的で断定的と感じられます。また読売新聞の分析は、一般的に親日と言われるコアな台湾人の見方とは相反する点も気になるところです。

国外のニュースを伝える日本の新聞社としては、主張を表明すると同時に、事件に対する異なる見方や分析を伝えることが大切だと感じました。

野イチゴ運動と長野聖歌リレー


現在、台湾では中国要人の訪問を警備するにあたって、台湾警察が自国民に対して行った「デモ市民への暴力行為」、「自国の国旗掲揚を禁止」などの理不尽な行為に対し、学生を中心に抗議の声が上がり、「野イチゴ」運動という座り込みの抗議運動が続いています。台北の中正祈念堂の座り込み現場に行ってきましたが、この台湾での中国人を保護し、自国民を軽視する警察の姿勢を聞くにつれ、4月の長野での光景が思い出されました。

2008年4月、日本国長野での北京オリンピック聖歌リレーでは、大きな赤い旗を振りながら大声で叫ぶ大量の中国人サポーターが会場と沿道を埋め尽くしました。その日本でありながら日本でないような異様な光景は多くの日本人の心に刻み込まれていると思います。リレー終了後、警備を行っていた警察の振る舞いに関連して、「目の前でチベット支持の日本人女性に暴力を振るう中国人を警察が無視」「警察がチベット国旗を持ったオートバイの通行を阻止」「暴走族のように車に箱乗りする中国人を、道路交通法違反にもかかわらず警察は放置」「警察が会場に中国人を優先して入れ、日本人を排除」など、多くの証言や映像がブログやYoutubeで公開されると、自国の国民と法律をないがしろにする日本の警察の姿勢に対してネットを中心に多くの非難の声があがりました。また、否定的な報道を慎むように通達を受けていたとされるメディアが、このような現地の状況をまったく報道しないことに対してもたくさんの疑問の声が上がりました。

長野聖火リレーの異様な状況は、中国との関係改善が進むなか、親中である当時の福田総理に代表される日本政府の意向が反映していることは多くの人が指摘していました。台湾では総統が生粋の台湾人であり台湾独立を目指している陳水扁から、国民党と共に台湾に渡ってきた中国人として中国との統一を望んでいる馬英九へ変わったことが大きな背景にあるとされています。

野イチゴ運動関連のほかに、国民党の馬英九総統の下、台湾独立を標榜する民進党の重要人物(陳水扁を含む)が次々と逮捕されている点も親中政権下における同様の現象として見ることができます。主要メディアも、警察による国民への暴力などはあまり報道しないなど、相変わらず国民党系によるコントロールも相変わらず強く、今後はますます自由にものを言えない雰囲気が蔓延する気配が感じられます。

日本も台湾も長年アメリカの絶対的な影響下にありましたが、今後は中国の影響力も増していると思われます。幸い、日本では台湾のように極端な現象は見られませんが、親中政府の傾向を分析する上で、台湾の今後の動向は参考になると考えられます。

野イチゴ運動の行動声明



野イチゴ運動の行動声明
  中国語原題: 野草莓運動行動聲明
  (2008年11月13日に台北の中正紀念堂会場で入手した配布物を翻訳しました)

運動の起こり

私たちは台湾の混乱した現状と今後の進展を憂える大学教師、学生、文化関係者および市民の集いです。私たちは最近の警察による不当な法施行、言論の自由の侵害、合法的集会を行う民衆の負傷等の事件を目の当たりにしました。我々は事態の深刻さに驚かされました - これはもはや治安維持の行過ぎであるか否かの技術面の問題ではなく、更には単なる支持政党選択の問題でもなく、暴力化した国家公権力であり、市民社会への由々しき挑戦そして侵害です。私たちはこれを憂慮し、11月6日午前11時より行政院ゲートに集まり、抗議を行いました。私たちは11月7日午後4時に警察による排除に遭い、現在は中正紀念堂へ集いの場を変更し、長期的な抗議活動を発起しました。

警察の行き過ぎた法執行、人権侵害および悪法である集会デモ法に反対します

このところの警察の不当行為を挙げて見ます:
高速道路車道での車両排除。
民衆による公共の場所での国旗掲揚禁止。
民衆が公共の場所で「台湾は中国ではない」と唱えることを禁止。
旗、標語などの人民所有物の没収。
民衆が円山周辺で手持ちビデオカメラを撮影していたところ、警察は行政手続きに違反して、強制的に警察署に連行。
民衆が「黒心」図案が印刷された気球を放とうとしたところ、警察が制止。
民衆がオートバイにチベット独立を支持する「チベット国旗」掲げていたところ、警察が制止し、警察局に強制連行。
上揚唱片行事件(上揚レコード店事件)など。
上述の各案件において、警察が集会デモ法、社会秩序維持法、警察職権行使法等を理由に、人民に対して行使した強制的行為は、既に憲法、民法等の上位法規における人民の基本的人権、財産権利に対する保障を甚だしく侵害しています。

言論と身体の自由の重要性

我々は自由の大切さを深く信じます。仮に当年の政府が警察力を動員し、凱達格蘭(Katagalan)夜市の紅衫軍(赤シャツ隊)を強制排除していたとすると、台湾の公民は社会の異なる意見を聞く機会を失っていました;正しく彼らが排除されなかったからこそ、異なる声を聞くことができました。人とは各種異なる意見に接することによってのみ、意見の優劣を学習・判断することができます。これは公民社会に不可欠な条件であり、また言論の自由がなぜ貴いかを示すものです。正に自由がこれほどまでに貴いからこそ、憲法は明文にてこの旨の自由を保障しています。下位の法律は、憲法を補完し、これを具体的に実現し、また境界を定めるべきものです。しかしながら威権時代、戒厳令期から残された集会デモ法は、言論の自由を甚だしく脅かすものです。その許可制は人民の集会デモが予め違法であると定めています;その禁制区では政府機関は民意の挑戦から広く免れています;それは警察に過度の裁量権を与えており、警察は法執行時に裁判官に取って代わってしまいます。

具体的訴求

集会デモ法の改正

故に、私たちは集会行動法に対して以下の具体的提案を行います:(1)許可制を届出制に変更します。政府は事前審査を行うべきではなく、人民の集会デモを予め違法であるとすべきではありません;(2)禁制区の規定を批判的に検討します。集会デモは、丸腰で権勢を持たない者が陳情・講義をする術ですが、現行の禁制区規定は人民が行政機関を対象とすることを許しません;(3)警察の法執行の境界線を定めます。警察が際限なく制約を課し、一方的な理不尽な行為を行うのを防ぎます。(4)刑罰を取り消し、行政罰採用に変更します。同様の行為において、集会デモ法の規定する罰則は他の法律に比べ重くなっており、比例の原則に反します。

職務過失の警察庁長官の処分

このところの人民と警察の衝突に対して、私たちは非常に心を痛めています。また、なぜ私たちが群集の暴力に対する非難に立ち上がらないかを問いただす人もいます。これに対して私たちは次の内容を返答とします: 私たちは人民が意見を表明する権利を断固として擁護・支持し、また暴力行為が人民あるいは警察のどちらによりふるわれたかを問わず、いかなる暴力的手段にも断固として反対します。私たちが最近発生した多くの事件からわかることは、人民の暴力は法律により規範化することができますが、警察組織の公権力は乱用され、際限のない暴力に拡大する可能性があり、しかるべき制約が課されていません。故に、私たちは政府および警察が法律解釈を拡張し、不当な暴力行使という手段により、人民の合法的な意見表明の自由を抑圧したことを非難します;警察署長と国家安全局長官は責任を負って辞職することを要求します。

馬英九総統の謝罪

警察の強制行為の執行時は、国家暴力を体現しており、国家暴力の行使は必ずや人民の生命、自由、財産権利の保護を最大限に優先しなければならず、軽んずることは許されません。しかしながら警察組織は結局のところ命令を執行する仕掛けに過ぎず、政府および政権政党の立場と命令が、第一線の警察官の勤務執行に直接影響を及ぼします。私たちは馬英九政府が我が国の民主と自由の基本的立国精神を踏みにじったことを非難し、謝罪を要求します。

公民の不服従運動の発起

私たちは学生を主体として公民不服従運動を発起します。政府が違憲である集会デモ法に依って法律を行使或いは法律の解釈が不当である場合、後に続く公権力の行使は正当性に欠けるものです。正当性に欠ける公権力に対して、公民は不服従の権利を有します。私たちは、私たちの訴求に賛同するすべての公民・市民が共に今回の運動に参加し、以下の要求を共同で提示することを望んでいます。
「馬英九総統と行政院長劉兆玄は、国民に対して公開謝罪を行うべきである。」
「警察局長王卓鈞、国家安全局長祭朝明は直ちに辞職すべきである。」
「立法院は人民の権利を制限・縮小する『集会デモ法』を直ちに改正するべきである。」